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ディープインパクト伝説 皐月賞 【ディープインパクト メモリー】

2005年4月17日【中山競馬第11レース】

いよいよ待ちに待った3冠レースの第一関門である皐月賞!

あの日は運良く好天にも恵まれた。

戦前からすでにディープインパクト一色、中には「最強馬が必ずしも勝てないのが中山の2千M、直線310Mという中央場所でも最も短い上にフルゲート18頭がひしめきあう多頭数競馬、紛れが多く大外まくりの一辺倒な競馬をするディープインパクトには危険性あり」などなどの報道がなされていたが、俺自身としてはディープインパクトが先頭でゴールインするということしか頭になかった。

後はディープインパクトがどのような競馬をして勝つか、それに尽きると思っていた。

そしてファンファーレが鳴り響く、ゲートを出た瞬間に俺も場内も大きくざわめいた、ディープインパクトがつまずいてあわや武豊が落馬しそうになったのだ!!

なんとか体勢を立て直すも他馬とは差が開いた最後方からの競馬になってしまってこれには正直ヒヤッとした。

なんと2コーナーを回るときは17番目、再びファンからの悲鳴みたいなものも聞こえたが武豊は冷静にレースを進めた。

そして3コーナーに架かるところで徐々にポジションを押し上げて行き、4コーナーではデビュー以来はじめてステッキを入れられるやそこからまたディープインパクトが目覚めて一気に加速、これまでの3戦と同様に4コーナーを回ると1頭だけ次元に違う伸び脚で先頭に踊り出るやそのまま2馬身半の差をつけて堂々のゴールインを果たした!

まさに衝撃満載の皐月賞であった。

表彰台では武豊がまずは1冠ということで人差し指をかざした、約20年前にシンボリルドルフが皐月賞を無敗で制覇したときに岡部が3冠を確信して人差し指をかざしたその光景そのものがそっくりであった、武豊の中にもほぼ確信に満ちたものがあったのだろう。

2着に人気薄のシックスセンスが飛び込んできて俺は馬券こそ不的中だったが久々に現れたディープインパクトという怪物に酔いしれていた。

武豊の言葉:「向こう場面でポジションを上げていくのは勇気がいったが、よく我慢してくれた。パーフェクトだった。走っているというより飛んでいるという感じがする」
satsuki



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2007/02/18 02:02 | 皐月賞COMMENT(0)TRACKBACK(0)  

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